ず、お暇な方は、騙されたと思って「Japanese Trucker」というキーワードで、Googleの映像検索を掛けてみてほしい。

 デコトラ自慢の平和なトラック野郎たちのオレサマ写真に混じって、上下びっちり気合の入った迷彩服姿&デジタル一眼二台とハイビジョンビデオを両手に抱え、コンクリートの崩れ落ちた廃墟に立つ、ごま塩ひげのオッサンの写真が数葉現れる。

 数あるリンク先の一つは、ワシントン・ポストのWeb版だ。
 ーー内戦状態にあるシリアに、のこのこ「観光旅行」にやってきたクレイジーな日本人”Toshifumi Fujimoto”の紹介記事なのである。

 タイトルに有る「War Tourism」とは、ようするに物見遊山で戦場へ」ということだろう。
 「カメラを抱えて修羅場をウロウロする、ケッタイな“ポンニチの観光客”を見つけたぜ」というのだ。

 このちょっとナメた物言いに、1970年代=古き良き昭和の御代、高度経済成長期「ノーキョー」の旗をひらめかせて五番街辺り練り歩く日本人観光客の滑稽な姿が、アメリカのメディアで散々揶揄されたのをふと思い出してしまった。
 しかし。 
 半世紀を経て、日本人の「物見遊山」も随分進化したものだ。
 
 「オレにはツアーガイドは無用。いつも最前線を見たいから、ひたすら歩いて行くのさ。ヒリヒリするね。こうやってアドレナリンがドバっと出る感じはちょっと他にない」とToshifumi Fujimotoは宣う。

 ノーキョーさんたちの時代とは比べ物にならない程、スキルもオリジナリティも高い“観光旅行”ではないか。当時ノーキョーはスノッブの極地と笑われたわけだが、Toshifumi Fujimotoはヒップ極まりない。無茶さだけで言うなら、間違えなく世界最先端だろう。(まあ、既にあの時代でも植村直己や堀江謙一、三浦雄一郎みたいな日本人も居たわけで、あくまで個人の指向性の問題かもしれないが。)

 一方、日本のメディアが、このクレイジーガイの存在について一切報じていないのも妙な話だ。どこの大新聞様も大テレビ局様も、AFP通信や「ワシントン・ポスト」なんぞ一切チェックしませんというのならともかく、このスルーぶりはちょっと異常ではないか。
 
 試しに「ふじもととしふみ」で検索を掛けてみても、引っかかるのは二十歳年下の嫁の尻に敷かれた漫才師の話題ばかり。世界一クレイジーなトラック運転手について、何の情報も拾うことが出来なかった。
 かつて、少しばかり喋りがスローモーなだけの某「戦場カメラマン」をモテ囃し、筋違いのバラエティにまで引っ張りだして、辟易とするまでカメラの前に立たせたくせに、奇人ぶりでは某氏をはるかに凌駕する、我らが“Toshifumi Fujimoto”には全くノータッチ。単なる無知か、故意の見逃しかはともかく、不可解きわまりない扱いだ。(もし万が一、ネットに痕跡を残さない形でメディアが動いたというなら、どなたかご教示願いたい。深海の巨大ダイオウイカの話題から、バラエティで露呈した芸人の私生活に至るまで、ネットほど他媒体のリファレンスに溢れた場所を僕は他に知らない。)

 と、偉そうに言ってはみたものの、僕もずっとその存在を知らなかった。
 
 教えてくれたのは中島あさみ&安田純平&常岡浩介ーー またの名を“ライター界のドリカム”のチーム。Live Wireでは、昨年の9月26日「ライターは取材し続けると、なぜ貧乏になるのか:戦場編」に登場いただいたお三方である。

 某日、終電間際の深夜、突如BiriBiri酒場に現れた彼らは、早速持参したパソコンを開いて、興奮気味に「Toshifumi Fujimoto」氏のFace Bookページーー動画と写真満載の“旅日記”を開いて見せてくれた。

 そこに記録されているのは、まさにシリアの「今」だった。

 例えばーーマイクを抱えたアルジャジーラのテレビスタッフが、警戒して無人の住宅地を駆け抜けようとした瞬間、物陰に潜伏していた反政府派武装兵の銃撃を受けて前のめりに倒れる。生死は不明だ。カメラは微動だにせず。目の前で起きた光景を凝視している。
 
 また別の写真。
 廃墟のどまんなかで、無邪気にサッカーボールをリフティングする兵士の写真が浮かび上がる。楽しげだ。だが彼が右手に抱えた銃は、いつでも敵の命を「シュート」することができる。その不気味なコントラストが、絵作りの決まり具合と共に、シュールなまでに想像力を刺激する一枚。
 
 また別の映像。
 サンタの扮装(アラビア語では「ババ・ノエル」)で鐘を鳴らし、寄り集まってはしゃぐ兵士たち。仏教の国に住む僕らは、イスラム反政府派兵士たちの聖夜の映像に奇異の念を抱きつつ、クリスマス休暇もない内戦の地の映像に見入るばかりだ。

 このように、次々とテレビや雑誌ではお目にかかれないない光景が、脈絡やご大層なオピニオンを纏うこと無く、あっけらかんと並べられている。見てきたままの“むきだし”の光景、まさに“Toshifumi Fujimoto”の視野そのままの「産直展示即売会」だ。

 だが、ライタードリカムのお三人曰く、これは今プロのジャーナリストでもなかなか見ることができない光景なのだという。

 昨年8月シリアで銃撃戦で亡くなった故・山本美香さんの事件もあって、戦地取材には逆風が吹いている。日本の大手メディアの記者たちはおなじみの“自主規制”を順守。現地に入ったフリーランスの記者たちも、決して称揚されるわけではない。過去のイラク日本人人質事件などでもおなじみの「自己責任バッシング」は健在だ。また現地では反政府組織側が「取材と称して政府側のスパイが入り込む恐れがあるから」と外国人の取材を受け入れないなどの事情があって、なかなか戦地の中枢に入り込めないらしい。

 だが、そんなオトナの事情はどこ吹く風。
 Toshifumi Fujimotoは「オレはただの旅行者。ジャーナリストじゃない」とずかずか危険地帯に踏み込み、戦場に居る反政府派の兵士たちと交流し、その生々しい営為を切り取ってきている。

「これすげえよ。写真でもオレ勝てないかも」「大体、どうやって入り込んだんでしょうね?」と安田さんも常岡さんも驚嘆の声を上げるばかり。筋金入りの戦場ジャーナリストである彼らが、正体不明のアマチュアの“観光映像”に興奮しているのは、不思議な光景だった。(近日そのワイガヤの模様を動画でお目にかけよう。)

「あたしね、この人の話絶対聞きたい。だから呼んじゃおうと思って」と目をキラキラさせる中島さんの提案に、一も二もなく乗ることにした。



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 倫理を盾に「戦場の見学者」の無責任さを指弾するのはたやすい。

 しかし、自分の金と自分の判断力と時間を費やし、死体になる危険と引き換えに、「人間最大の愚行の場」を見学に出かけていく、タガの外れた自由さを誰も奪うことは出来まい。
 
 キャパはOKで、フジモトをOUTというなら、その二人を白と黒に振り分ける遮断線はどこにあるのだろう? 「報道」の錦の御旗が有るか無いか? 戦争反対のキレイ事を並べていれば正義で、「ただ退屈だったから」と他人の修羅場に足を踏み入れるのは悪なのか? 

 いや、そんな鹿爪らしい理屈は、そもそもどうでもいいのかもしれない。

 命を顧みずアマゾンのジャングルに出かけたり、ヒマラヤのてっぺんを目指す人間が居たら…イヤ、そこまで行かなくても、ちょっとした気まぐれでバンジージャンプを試みたり、プールの高飛び込み台からうっかり飛ぼうとするだけでもいい。十分心臓に悪い行為だし、ちょっとしたミスで戦場と変わらないほど死に肉薄する事ができる。

 多分、トラック運転手である彼も、ある日ふと思い当たってしまったのではないだろうか?
 今、うっかり衝突事故に巻き込まれるのと、戦場に出かけて弾に当たるのも、実は大して変わらないのではないかと。だったら、面白い方がいいじゃないか、と。

 その蛮勇を称揚したいのではないが、“飛ばずに居られなかったおっちょこちょい”に会ったら、やっぱり叱りつけるより先に、「どんな気分だった?」「なんでそんな酔狂なことをしたんだい?」 と、話を聞きたくなる。

(なるでしょ?)

 所詮、ジャーナリズムも、最初は噂のバケツリレーであり、瓦版屋の眉唾話でしかなかったのだ。他人の噂話に興じ、愚かさを笑いたくて仕方がない。 そんな下世話な欲望から始まった伝言ゲームの積み上げが、そして「もっと聞かせろ」という饕餮の如き飢えが、活字を産み、電信を飛ばし、ラジオやテレビのネットワークを育て上げたのだ。インター ネット時代の今も、その根っこにある感情は何も変わっていない。

 戦場で撃ちあう馬鹿さや愚かさもあれば、必要もないのにその戦地に出かけて、命を的に廃墟で記念写真を撮ってくる馬鹿もいる。踊る阿呆に見る阿呆だ。
 
 だが、飛び抜けた馬鹿にしかわからない“何か”が、この世には確実に存在する。事あるごとに考えなしに最前線に飛び出していく野次馬レース出走馬の話を聞くことで、馬鹿さが足りない僕らにも見えてくる光景がきっとある。

 爆撃で焼きつくされた街の温度、隣の家に住んでいた殺人者の目つき、身体を貫く銃弾の痛み、「人間の手がまだ触れない」孤高の山頂から見た絶景、宇宙空間の孤独、深海の暗さ、ダムの底に沈んだ村に咲く花の薫り…etc.

 何にでも安全マージンをとって、歩道からはみ出すことなんか一生せずに生きていく「保険人間」には絶対わからない、『アドレナリンがドバっと噴出す瞬間』の快楽も。


 そんなこんなで、僕は今「戦場の観光客」そして「世界で最も有名な「ニッポンのトラック野郎」、Toshifumi Fujimotoという人にひどく興味がでてきた。

 きっと、僕も相当馬鹿にちがいない。



13.2.11(月/祝) 「戦場の見学者」Toshifumi Fujimotoとはナニモノか?
 
[出演] 藤本敏文(Japanese Trucker)、中島麻美、安田純平、常岡浩介
[日時] 2013年2月11日(月/祝) 開場・19:00 開始・19:30
[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿
[料金] 1500円 (当日券500円up)

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