巨大化するITコングロマリットは、社会構造変化の象徴であり、王や政府に代わる新しいルールの支配者でもある。You-tube一社を攻撃したところでテクノロジーによるイノベーションは止まらないが、その構造変化の波に飲まれた人間は、無意識的に憎悪の対象として捉える。

斯様に、社会構造の圧力は、ヒトに個人の意思を越えた行動原理を付与し、悪夢のような結果を生み出す。動物が本能に支配されるように、ヒトは集合的無意識にエスの根幹を動かされるのではないか。

J.G.バラードの『殺す』『コカインナイト』以降の作品にはその光景が象徴的に描き出されている。彼がその後同一モチーフを執拗にリピートし続けたのは、おそらくテクノロジー三部作後、個よりも集団であることが絶対化した状況がオブセッションとしてあったからではないか。ーー「後期バラード問題」(なんて言ってるのは僕だけだが)が、じわじわと現実化しつつあると感じた案件。

これはまだ端緒でしかないのかもしれない。