宿で20坪ちょいの我が店の家賃ーーそのひと月分が幾らになるかは、まあ想像してみてくださいな。たかだか一週間弱、五泊六日の旅でその半額ほどをボッタクられて参りました。

 風呂なし、飯抜き、茶の一杯も出ない四人相部屋の蛸壺ーー夜中には老人の「誰か来て〜〜」との息も絶え絶えな絶叫や、喘鳴だのイビキだのが一晩中響き渡る結構なお宿で。

 スーパームーンも見ず。

 羽生の竜王奪還も知らず。

 日馬富士騒動の顛末もまたナニも聞くことなく。

 静かに、ただ寝て起きて。

 飯も食わず、水すら飲まず。

 息も絶え絶えに血まみれのワインみたいな水ウンコをしては、ストイックな装いのお姉さま方のお目汚しに捧げるスカトロプレイと、失神して肛門にCCDカメラをぶっこまれるレイプに翻弄されて。

 これってSM拉致監禁モノの撮影すか? 的な減らず口を叩く気力など、もうどこにも残っていないヘタバリようでしてね。

 ええ。病院です。

 何もかもを削ぎ落としたソリッドなオトコの世界でしたよ。

 何をしでかしたかって?

 臨時の主治医になった、いかにも軽薄そうな初老の内科医が、見た目ほど大げさな話を盛る性分でないのだとしたらーー俺は結構なバンジージャンプを経験したそうですよ。

 三途の川の渡しのちょい手前、管理人小屋のインターホンをピンポンダッシュして、またびよーんとゴムに引っ張られて帰ってきたぐらいの。

 いわゆる下血というやつ。

 前の天皇さまがガンでその状態になって、テレビが毎日「ゲケツ」の連呼をしてたのを覚えているのも、もう40以降の人間だけかもしれませんが。

 そのナニです。

 金曜の午後が初お目見え。

 店を開ける前後、便に赤いものが混じったのを見て、俺もやっと痔の洗礼を浴びるようになったか的な、呑気な思いしか浮かばず放置ーーは、しないでコックを捻って、手を洗って。

 その間、腹も肛門も特に痛むでなし。

 落語会とその後の宴会、粛々と仕事をこなしている間に、病変は腹の中で進行していたとか。

 次に血を見たのは、店の片付けを終えた午前の三時すぎ。

 またその日は最後の宴会が長っ尻でなかなか終わらず、正直フラついてたのは自分でも記憶にあるのだけど、それは客を恨む話ではなく。明日も同じく落語会の予定があり、真っ赤になった便器を見て動揺する余裕もなく。ただただ疲労感にまけて寝床へ倒れ込み。

 その疲労感も、仕事の無理が祟りやがったとしか思ってなかったですよ。

 全然血まみれのトイレットペーパーとダルさが繋がるなんて発想なかったもんで。土曜だから、また睡眠時間削るハメになるけど、午前に起きれば医者は開いてるよなと、自分の身を削る発想しか出てこない。

 11時半に目が覚めて流石にヤバいなと。

 

 うちの店の目の前に土曜12時まで開けてると看板に書いてる内科があるんですが、ここが実はヤブで有名。藪にゃ行きたくねえなと思う深層心理も働いて、受付11時半までという但し書きを読んでなかったのは俺が悪い。

 

 ただこのヤブ医者、腕だけじゃなく性根も悪い。

 11時35分にはシャッターまで降ろして、土曜に病人なんか見てられるかとアピールしやがる。

 この対応を見て、流石にちょっと自分の置かれた立場のヤバさに気が付きましたね。ことによると、東京じゅうの医者がこの調子かもよと。

 家出る直前のトイレはさらに赤が濃くなってたこともあり。泡くって、前に指を切って夜中に駆け込んだことのある、大久保の救急病院へ行く覚悟を固めました。ええ、ざっと三キロ。徒歩で15分。でもまあ時間の心配はまずない。

 まだ病識がないもんで、それでも意外に呑気です。

 道中、蕎麦でも食ってから行くか的な遊山気分で。

 ええ、食ってたらまたも一つエラいことになってたと思いますが。

 たどり着いたときにはさすがにちょっとおかしいなと。

 俺様いくら老けたとは言え、この疲労感はなかろうよと。

 息は切れるわ、目眩はするわ。

 ブッたおれそうになりながら、受付のネーチャンの目の間の開き具合が気になったりして余裕があったんで、それでもまだ死ぬ気は皆無とみえますがね。実はここがバンジーのどん底。

 一昼夜でオイラ2リッター血を失ってたそうですよ。

 成人男子なら普通体重x0.8で血液量を計算するそうで、その伝でいくなら、大体総量の三分の一がダダ漏れ状態。

 よく普通に立ちっぱの店舗営業やってやがったなという。

 ええ。一回仕事に入っちまうと、大方12時間ぐらいは座らないんで。

 バブルの生き残りってか成れの果てってか、整髪料でなでつけた白髪が全然年の功になってない白衣の爺さんが言うには、「顔色は悪いなあと思ったんだけど、そこで輸血する判断は、僕消化器専門じゃないんでつかなくてね」ですってよ。こいつ何年医者やってるか知らないけど、深夜の救急番のインターンみてえなことをいいやがって。

 叫んでいいですか?

「ヒ・ト・ゴ・ロ・シーーーーーー!!」

 まあそんなこんなで。後はずっと寝てました。

 CTくぐったり、まだこの期に及んで血を抜かれたり、夜中にボケ老人ばっかのお化け屋敷で肝試ししたりはありましたが。点滴刺しっぱでずっとなんか腕から水分と薬入れるほかは、生きてる死人みたいなもんで。ただただ寝て暮らして、その間落語イベント三本は全部人任せ。

 こう書いてくると、やっぱひどい話です。すいません>留守番押し付けた方々。

 でも俺ナチュラル半死人のうえに、死神にリベートもらってる医者に肩に手置かれてたもんでね。手も足も出ない。シッコは出たが、もう三日目辺りからは糞も血も出ない。ただの水の管ですからね。フリーの小便水道管、店に行っても何の役にも立たないんで。ホント下げる頭もないぐらいごめんなさいよ。

 とりあえずガンとかではなく、病原菌のなんたらが腹の中で悪さしてるでもなく。

 年食って大腸がヘタれてくると、憩室っちゅう凹みができるそうです。

 まあポリプの逆みたいな、それ自体はなんてことない洞窟風の凹みができて、そこになんか食ったものが引っかかったか、ストレスでキュッと縮んで、擦れたか引っ張られたかで切れて、そこから血がダダ流し。食い物や水の成れの果てが流れてくる間はそれでも大腸は仕事するんで、傷の癒える間がない。

 てんで、拉致監禁されて絶食地獄。まあ理にかなっちゃいるけど、人道的にどうよっていうタコ部屋ですわな。まあ同意書書いてるし、俺の意志に反してるわけじゃないけど。なんか腑に落ちないのは事実。

 さて、寝てる間ナニを考えたか。

 夢とごっちゃになって、なんだかよくわかんないんで書くこともないんですが。

 ただ病院から開放されて、身代金で年越せるか心配になるほどカッぱがれて。その足でなんでか近所の公園に行ったですよ。

 ビルに囲まれたエジプトの王様の墓場みたいなあの公園じゃなくて、近所のせこい砂場とブランコしかないような、言い訳程度のうっすい公園にね。

 そこに一本きりの痩せた紅葉。

 日差しが良くて、まだ赤にも茶にも染まりきってない、へたすりゃまだ若葉まで混じるだんだらのグラデーションが、見事に照り映えましてね。そりゃあ色の大氾濫。萠葱から枯茶まで。若造からボケ老人まで。プランクトンからサル、エテ公が木を降りて、海でケツを守って、二足で歩き出して、石で寝床を囲って、カビみたいに星の表面をびっしり埋め尽くすまで。櫨染、梅紫、小豆、樺、猩々緋、臙脂、赤銅、海老茶、蘇芳、茜が入り乱れてーー一瞬、目眩がぶり返したのかと。

 すべて美しく、鮮やかで、もどかしくて、涙ぐましく、腹立たしくて。

 なんもかんもが統一感なく、突拍子もない思いがぐるぐる巡って、どうにも落ち着かなくなって。あれは、ものの感じ方のダイナミックレンジが狭まったのか、壊れたのか。いちいちの感覚が左右に振り切った感じで、飯なんかもう一週間近く食っちゃいないのに、胃が誰かに握られたみたいになって、吐きそうになったりして。

 あまりの絢爛さに足が竦みました。

 んで思ったんですね。

 もいいや。おらあ、この先好きなことしかしねえ、と。


 ま、そういうわけです。

 今後色々なんか変なことになるかもしれませんが、ご容赦を。

 あの時泣きそうになるのを抑えるには、そう思うしかなかったんで。