余裕をこいて散漫に持て余していた店を、経営難で放り出さざるを得なくなった。
本年末で、昨年の7月から落語専用に切り替えて運営していた一号店(旧「Biri Biri酒場」→「Cafe Live Wire」)「マイクロシアター電撃座』を閉店することにしたのだ。

今回はその失敗の顛末と反省の弁を述べて、自らの公開懺悔を行っておこうと思う。

「散漫にやっていた」と書いたが、コンセプトチェンジ後も事業をサボったつもりはない。それなりに時間を費やし、エネルギーを注いで、プロセス全体も楽しんだつもりだが、やはり全身全霊を傾けていたとは言い難かった。そのわずかだが、心の浮いてしまった間隙がどこに生じたかを、ここでは具体化してみようと思う。

落語興行は、そもそもが他人のサジェスチョンで始めてしまった請負仕事だった。僕は関西の出なので、江戸前の落語には疎い。漠然と話芸としてのリスペクトはあっても、プロデュースができるような知識も見識もない。

ただ、世話人として噺家にコンタクトしたり、番組編成を引き受けてくれる人が居たので、トークイベントの合間合間に興行を組む形で、2014年に二毛作体勢が始まった。二年ばかりその状態が続き、徐々に本数の増えてきた落語興行を、
去年夏の二号店の出店を期に、一号店に集約してみようと考えたのだ。

ただ、もう一歩深く足を踏み入れてみると、
(どこの世界もそうだが)軒先を貸していただけの時代には判らなかった、さまざまな面倒が浮かび上がってきた。

当初は、漫然と落語専門店をやるのではなく、ど真ん中にトーナメントスタイルの二ツ目さん興行を連続で開催していく「R-2グランプリ」(RAKUGOの「R」、二ツ目の「2」)という企画を据え、決勝トーナメントはオオバコを借りて開催、ネットやテレビも巻き込んだ王者決定戦をやろうと考えた。日々の興行はその伏線として対戦形式の落語会を多数運営して、コンセプトの普及をまずやっていくという方針で進めていた。要するに前職であった格闘技界の前例にしたがって、K-1 GP開催前に単体興行の年間シリーズのなかで勝ち負けの序列を作り、その一発逆転装置として一年の締めくくりにGPシリーズ三回、16人エントリーの勝ち抜き興行をドーム開催、年間王者決定という形式を踏襲しようと考えたのだ。

だが、結論からいうと、そういう「力比べ」「腕試し」モノは落語界では嫌われる傾向が高いのが判ってきた。

そもそもが技量と人気が必ずしも対称関係にないのが表現の世界というもの。
特に伝統芸の世界の秩序は、それを可視化しないことで安定を保っているようなところがある。

トーナメント形式で勝ち負けを決めていっても、それは絶対評価軸にならない。
なにしろ勝ち負けを決める度量衡がないからだ。全試合が「判定」でしかきまらない。仮に「識者」の技術点のみによる切り分けでも、数値化出来ないものが多く含まれいるし、そもそも「笑い」や「艶」など数値化できるわけもない。結局曖昧な部分が多く、人気投票に終わってしまう。

人気投票は人気投票でいいではないかと居直ったところで、「勝敗」で「価値」を可視化されてしまうのは噺家当人で、その痛み(と栄光)を引き受ける覚悟を持ってくれと強要することは出来ない。

実際相模原の二ツ目勝ち抜き戦やNHK新人賞のような例外はあるのだが、我々のような新興のハコがいきなり企画をぶち上げても乗ってくれる噺家さんが居ない。そこを乗り越えるのには、まずプロモーターと演者の信頼関係醸成しかないと、野心を隠して日々粛々と単体興行を積み重ねて、噺家さんとの関係強化を進めていこうというのが序盤の発想だった。

しかし、一朝一夕に信頼関係など成立するものではない。また会を重ねていくにしたがって、会場のスペックに不満を漏らしたり、集客がうまくいかないことで軋轢も生じてくる。信頼関係を積み重ねるどころか、不審不満を積んでしまうことも多かった。

また野心的な企画を仕掛けても、結局演者さんの顔色を見て、引っ込めてしまったり、弛めてしまった事も多かった。演者のプライドや業界の慣行を優先せざるを得ない事態が続き、落語という世界にはなかなか独自性を持ち込む余地がないことが判明してくる。結局、トーナメントはおろか、企画自体もどんどん穏当なものが増え、他所の会場との差別化も出来ず、腫れ物に触るように、客と出演者の両方に気を使うばかりで、自分のやりたい領域にハンドルを切ることはできないまま一年間を穏当に穏当にと過ごすことになった。

実際、あの会場の作りは、アバンギャルドなトークイベントだから面白がってもらえるギャップに満ちており、靴を脱いでスリッパで上がることや、背景に大型モニターや本が居並ぶ会場の作りも、保守的な演者には嫌われた。もちろん楽しんでやってくれる、野心的な噺家さんも多々いらっしゃったが、不協和音の方が響きやすいもの。その響きにいちいち動じては、蓋をして回るいたちごっこが続くようになり、次第に心身共に疲労感だけが募る毎日となった。

まあそれでも「お役に立てることがあるならよろしかろう」とボランティア気分とでも言おうか、何処か他人事で、会場の運営は続いたのだが、
フワフワした曖昧な領域を抱えたままの運営は、浮上する要素を作り出すことが出来ないまま進んでいった。やりたいことの軸が定まらない他人任せとルーティンに堕してしまったので、事業全体に対するグリップが甘くなっていたように思う。

何があろうとこのビジネスは、ショウ・マスト・ゴー・オンが原則ではあるのだが、毎月の家賃も決して安くはない。出ていくモノの分は稼げなばならず、落語の穴をトークの稼ぎで埋める不毛な日々が続く。マネーピットと化した一号店の方は、日々積み重なる不協和音封じでエネルギーを削がれ、新店との二刀流も時間を食うばかり。貧すれば鈍すで、アイディアも気力も枯渇していく。一年の後半戦は、惰性というよりもう義務感だけで維持していた感があり、正直店を開けるのも苦痛だった。

途中体を壊して倒れたり、アクシデントの類も多かったが、運のせいにすると神の存在を認めねばならず、宗旨にあわない。あくまで考えと脇が甘かったからだと考えたい。

なにより、不測事が起きたとしても、他に代えがたい存在ならもっと必死に抵抗したはずだと思う。

破綻していく諸々を見ながら、崩壊を押しとどめようとする手があまり動かなかった。ぼんやりと崩れていくあれこれの経過を見ながら、「ああ、やっぱりな。こう言うものか」と抗う気力も薄く、ぼんやりと立ち尽くす時間のほうが長かったように思う。やはり、気が入っていなかったのだとおもう。

ことにおいて、密度高く、仕事量をこなしていれば真剣と言うわけではない。
何より大事なのは、切実さだ。

退店用に荷物を片付けて、店の鍵を業者に戻した今、疲労感だけが募る。

しかし、身を切るような痛みはやはり感じていない。

悔しい気持ちはあるが、痛くない。むしろ失って当然と感じる理性の声と、平穏を取り戻した安緒のほうが強い気がする。コンテンツをきちんと自分で仕切ったという当事者感が薄く、終始他人のお手伝い/お膳立て屋でしか無かったからだろうか。

皮一枚の切実さの不足。
それがこの顛末を呼んだのだと思う。

これまでもとかく物好きで、儲からない仕事、実りの薄い稼業にばかり手を出すなと自分でも思ってきた。ヒトに事さらにその意義を問いて回ることはしなかったが、その一個一個にはそれなりの必然があり、成果もあったように思う。

少なくとも今回のように、「俺がやっててもいいのかな」という妙な居心地の悪さを感じていた案件はなかった。

ただ全てが終わった今、物理的・金銭的損失は結構大きかった。
今後は「切実さを感じない」案件に時間を費やすのはやめようと思う。

この空疎感を味わうのはもう二度とゴメンだ。
その一点に関してのみ、非常にリアルな痛みを感じている。

落語興行自体はHigh Voltage Cafeでも引き継いで運営するが、専業の前のめりはもうできないと思う。
あくまで平日の興行として、今まで繋いだご縁の延長線上で、できる範囲のことを粛々とやっていくようにしたい。やはり自分のよく知らないことに、何の伏線もなく手を出すのは僭越だったなと反省しきりである。