Livewireの初期に、サイト内だけで使える独自通貨を開発し、動画無料配信と投げ銭を組み合わせた独自システムを運用出来ないか考えたことがあった。


色々小理屈を積み上げて、技術協力を仰いだ友人に無理を言ったりもしたのだけれど、なかなか意図した感じが上手く伝えられなかった。所詮プログラム知識のない人間のサービス設計は絵に描いた餅だったなと、未だに思い出すと苦い思いがこみ上げてくる。


ビットコインは当時まだ流布していなかったが、ローカルの環境や主催者の思惑など制約の多いサイト内通貨ではなく、ネットのどこでも使えるグローバルな仮想通貨でよかったのだ。パソ通世代だったため、ネットの野放図さについていけておらず、なんとかニフティのコージーなコミュニティ感覚をもう一度、みたいな余分なことを考えたのが足枷になったのだと思う。早い話が、ネットの広大な新天地に、わざわざ通行不便なニュータウンと、地域にしか通じない駅前商店街の金券を作ろうとしていたのだ。


実はさらに十五年ほど前にも、メーリングリストと掲示板を折衷したネット内パソ通プラン(プロジェクト名「メガフレンズ」)を、某シンクタンクに売り込んで予算をつけて貰ったことがある。当時まだ三十代前半だったが、既に頭が硬かったため、あれやこれやと余分なことを考えて、現実性を削いでいたなと思う。上手くやれば日本版フェイスブックとまでは言わないまでも、mixiよりも気の利いたSNSが作れたはずだったのだが、まだ頭がニフティの雛形に縛られていたのと、当時は有り得ないとされていた実名登録と、b to bでの使用を主張して、プロジェクトリーダーの不興を買い、船は山に乗り上げた。


おゝフィッツカラルド。


その弔い合戦のつもりもあって、性懲りも無く立ち上げようとしたのが、サイト内通貨で縛ったSNSコミュニティ、というわけだ(執念深い)。


メインの通貨自体は、非常に単純な仕掛けで、ショップカートや経由で、「プリペイド金券」をクレジットカードで買ってもらうだけの話。それをサイト用の財布に入れて使う→余れば何割か割引きで換金も可能(ようするに手数料を引いて払い戻し)、という仕掛け。


個人の人定はカードを使うことでクリアできるので、あとは購入記録との照合だけでいいという発想。


カード会社がサイトオリジナルのブランドカードを作らないかとやたら誘ってきていたので、その販促を兼ねて、会員データベースの管理をブラックボックスで丸投げしてやれと企んだのだ。(酷い話だ)


とはいえ、勝算はあって、コンテンツ評価と買い物両面で使えるうえ、匿名同士の会員が匿名のまま、ギフトにコインやショップで購入したリアルのギフト品を贈り合えるなど、プレゼントに使えるショップと言うのが当時のウリのひとつだった(カード登録情報に、住所が紐付けされているので、相手からのプレゼントの意志を受け入れたら、実住所を相手に知られることなく、受け取りができる。)ネットアイドルやネット愛人への貢物で商売が膨らむかもなあ、みたいな皮算用までしてほくそ笑んでいたのは、ナイショだが事実だ。我ながらなかなか腹黒い。


先にも書いたように、その使用先は自前のサイトに限られていて、SNSで発表される動画やテキストへの評価の投げ銭、そして通販、加えてサイト内メッセンジャーでの交流などに使う。早い話が、Facebookとアマゾンとyou-tubeと会員同士のメッセンジャーを統合して、共通ブラウザ的な仕掛けでひとつのサービスに統合したもの。そのプリペイドコインを軸に、日常必要なネットサービスをすべて一本化して、他のサイトに出て行かなくてもネットの概ねの機能「つながる」「調べる」「買う」ができるようにしようと考えていたのだ。


中には、ずっと店主が顔出しチャットで店番をしていて、来店者に商品売り込みをする、レンタル型のショップカートサービス「hinemos(ひねもす)」や、あらかじめ登録してある興味や話題が重なる人間同士が、検索でグループチャットへと移行する「ゆんたくサーチ」など、ちょっと変わったサービスを準備していたりもした。(前者のサービスはすでにメルカリなどで実現しているので、バラしてもいいかと思って書いたが、5年前には十分最新のアイディアだったのではないか……と、悔し紛れに自賛しておく。)


もちろん身の程をわきまえぬ規模の恐れ多い話。ワシらの資金力&技術、コンテンツ力では全く手の届かない、どえらい規模の構想が頭にあったのだが、まあ眼高手低・オトナの中二病的産品と謗られても仕方ない。


そういう気宇壮大なことを考えがちなドシロウトにありがちなことで、全くブロックチェーンの知識などなく、セキュリティへの配慮はお手盛り。(カードの与信を人物同定システムに使うことで、セキュリティをすべて担保できると過信ーー要するに“コイン偽造”の危険を超甘く見ていた)よくそんな乱暴なことをやろうとしたものだと、今になってびっくりする。


もう少し先まで仕様を詰めていくことができていたら、もしかしたら技術的要請としてその壁に行き当たることもあったのかもしれないが、我々の構想はあまりに稚拙で、そこまでも行き着かなかった。


結局、地に足がついていない茫洋で巨大なイメージばかり積み上げているあいだに、当時休職中で時間だけはたっぷりあった開発者も本業が忙しくなり、話は立ち消えになってしまった。


今思えば、「使う側の楽しさ」=イチビリを共有するお祭り感が欠け、ただビジネスになりそうと言う動機ばかりが先に立っていたから、「ここだけはどうしても」の軸が曖昧だったし、イメージを具体化できなかったのだなと思う。


優秀なアイディアは、もっと軸だけがしっかり太く、シュアで明快なもの。開発者が細部にわたって、先回りして気を回しすぎた商品は、結局つかい手にとっては不便なものになってしまうのだと思う。


枝葉は使用者が勝手に面白がって膨らますものなのだ。
風通しの良さ=便利さであって、余分な機能面の作り込みなど必要ない。
その単純な事実に思いが至らなかったのが、最大の敗因だった。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1711/13/news032.html