発者、担当編集、両方の非を併記して、大岡裁き風に纏めているのだけれど、発行責任の長として、作品と事態をどう考えているかの評価は一切語られていない。ヘイトスピーチの垂れ流しであるのか、それとも批判的引用なのか、どちらにも足をおかず、思考停止したままの「ご報告」で気持ちが悪い。

「ガバナンスが効いていなかった」という物言い自体、会社私物化の視点が感じられて傲慢だし、争点ずらしにしかなっていない。

結局、経営者の自己保身/遁走の正当化としか読めない。騒動が起きたので、慌てて蓋をしに行っただけの無責任回収であって、本質がどこにあるか何も考えていないのが丸わかりだ。

出版社として「どういう姿勢で本を作っているのか」に関して、ここまで何も語らない/語れない経営者がトップに立っているのでは話にならない。


もそも本件の火付け役となった、告発Tweetの主=担当編集の同僚と名乗る人物は、ヴォルテールの謂であるI disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.(私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る)」を全くわきまえて居ないようで──職業人として、不見識も甚だしいと思う。

仮に同僚がヘイト本を作ったとしても構わないではないか。
本の真価は、編集者ではなく読者が判断するものだ。
その読者の見識を信じられないから、先まわりして余分な差し出口を叩き、己で世論をコントロールしようとするわけだ。

要するに、読者を見下しているのである。

世に出す前の本を、社内政治で抹殺しようとする行為は、産婆の独断による間引き/嬰児殺害であり、まごうことなき
焚書である。

その僭越と暴虐性を自覚できず、安易なキャンセルを画策する者こそ、編集者失格だと思う。