golivewire

「Live Wire」Inside

Public Talk (「トークライブ」は和製英語)シリーズ「Live Wire」を飽きもせず運営している、新宿5丁目[ High Voltage Cafe]のblog。いつの間にか600回を超えて、記念回をいつも後で知る体たらく。「客席も喋るトークイベント」として始めたのはいつのことやら、何のことやら。 http://livewire.tokyo

身辺雑記

9 6月

孤立無援の舟でええやんか

は生きるだけで害毒を撒き散らす。

「誰かの邪魔にならない人生」などありえない。それを踏まえた上で何かを構想し、作り、前に出る作業を続けるのは「積極的に迷惑を撒き散らす」ことに他ならない。

たまさか呉越同舟で船に乗り組んでくれる人もいるが、残念ながら彼らの身の安全は保証できない。

俺には大きな資本の後ろ盾もないし、人より優れた才覚があるでもない。あるのは熱だけだ。万全のバックアップ付きで安楽な旅を求めるのであれば、乗る船を間違っている。大きな保証が欲しければ、それに見合う大きな拘束に首まで縛られてもらうほかない。

そもそも、己の発案に他人の関与を呼びかけるのはデメリットの押し売りに他ならない。メリットももちろんあるが、そんなものは氷山の一角だ。少なくとも自分が船頭である以上、泥舟になる可能性は最初からオープンにし、それでも行きつきたい場所があるのだと、先々を語るしかなかった。インフォームド・コンセントの労はサボらないようにしたつもりだが、それでも「こんなはずではなかった」「お前は俺を守ってくれなかった」と愚痴を口にする人が出る。

当然だろう。得たいと思ったものが手に入らなければ、人はネガティブになり、誰かを呪う。まして損を被れば、自分が相手に強いた労苦や迷惑は一切脇に置いて、被害者である自分だけにフォーカスしてしまうのは人の性だ。だからといって、こちらも刀を抜いて何をしてやった、何が不払いだと騒ぐ気もない。

ただ目を閉じて、無言で天を仰ぐだけだ。
ため息すらもつきたくない。

致し方あるまい。
人生の捉え方、事のなし方が違うのは当然のこと。

目的地が違うなら道を分かつだけ。重なる部分があるなら、再び並走することになっても顔をしかめたりはすまい。貸せる力があれば惜しまないし、借りはできるだけ作らず、さらに身ぎれいにしようと思う。ただ、いちいち出来不出来の責任を転嫁されても全部は引き受けられない。そのことだけははっきりしておこう。あまり寄りかかられても、貸す程の余った軒も袖もないのだ。

呉越同舟とは、結局そういうことなのだと思う。
永劫に独立独歩で進む覚悟と、己の耳目皮膚感覚のみを信じる逞しさがなければ、その非情には耐えられない。

だからこそできるだけできることは一人でやり、可能な限り無理を背負うのは自分ひとりであろうと考えてきた。

その結果、時流に乗って派手に事業を展開することが出来ず、逆に不手際が重なって、本来あるべき形に届かないことも多かった。これは僕の自信のなさであり、人間不信の現れでもあって、事業者としては決して褒められた部分ではないだろう。それによって不利益を被った人には、不徳の至りと頭を下げるしかない。

正しいとも間違っているとも言うまい。
それしかできないのだ。

どんなネガティブな評判を立てられても、陰口を叩かれても、俺はここに居るこの身の丈以上でも以下でもない。デマゴーグに反論などしても仕方がない。

己の性に従って、これからも、これまでどおり一人でできる限りのことをやっていくだけのこと。

仮に道程で「一人」と「一人」が力を合わせることはあっても、「我々」になることはない。その原理原則を胸に刻んで、また一歩ずつ歩いていくだけだ。

結果として大きな利益が回収される場合もあるだろうし、潮目が変わって蜜の川が生じれば、逆に物欲しい人々が蟻の如く集るだろう。

またそれはそれで浅ましい光景であり、心寂しいなと感じる。所詮生き地獄に居るだけのことかとも思うが、それでも足は止めまい。

いずれそれもできなくなる時が来るのだから。
8 6月

怪物さん、それはフェアネスではありません

人に踏みつけにされたり、嘲笑されるために生を受けた人間などひとりもいない。自分を正当化するための言い訳に、他人の生き様を誂い、揚げ足を取るような人間は一切信じない。

心細くなる度にナイフを振り回すような少年期の惑乱を、人生後半まで持ち越してどうするのだろう。
9 1月

毒を飲む/「利用されやすい人」になる

年は「毒」を飲み込む癖をつけようと思う。

他人から汚染されたと思い込んで反射的に吐いてしまう「毒」は、大半自身の身内から湧きでた澱と腐敗だということ。「毒」の主成分は、どんなにコーティングしても所詮責任転嫁と自己弁護。吐けば吐くほど、身の恥を外に晒すことにしかならない。

そもそも慌てて浄化しなければならないほど、身奇麗であった事もない。世間でどう思われようと構わないではないか。

他人を指差して吐く呪詛は、吐けば吐いた分我が身を腐らせる。それに比べれば、己の感じている不満や不穏など小さな事。そんなことにエネルギーを使うぐらいなら、無駄事は言わず、言い訳もせず。粛々と為すべきを為せばいい。誤解する人にはさせておけばいい。仮に己が偏見の被害に晒されることであっても、他人目の曇りを拭って回るのは、こちらの仕事ではない。

いちいち誤解や思い違いを正そうとするのは、所詮美術館の額縁の0.5度の傾きに神経をすり減らすのに等しい。

無駄なのだ。

勘違いする人、あるいは自分のしくじりや不利益を誤魔化そうとして他人を巻き込もうとする人間には、それぞれの表向きの言い分とは違う意図がある。無意識にそういうツケを他人に回して楽をしようという人間も居る。いずれにせよ、それは利害の問題であって、義の在り処を説いても、通じることはない。

むしろ相手の土俵に引きずり込まれて、コスい伝票の押し付け合いに参加させられていることになる。

「話せば判る」と考えるのはあくまで性善説。
そもそもその流派には属していなかったはずではないか。

そんなくだらない押し問答に時間やエネルギーを使うより、「利用されてやる」ぐらいのハラで手を動かして、とっとと愁嘆場を抜け出す方が早い。これまで、他人の思惑には乗るまい、流されまい、それが自分のやり方を際立たせる方法だと、散々世の流れに抗ってきた。だが、そのどこにクリエイティビティがあったか。何を成し遂げたか。甚だ疑問だ。

人は人との関わりでしか生きられない。そして社会は、だれが制御するでもない大きな奔流のようなものだ。

その渦の中で「利用されまい」と目を閉じ、耳を閉じ、歯を食いしばって頑なさだけを全力で表現している人間に、何の魅力があろうか。むしろ捕まりやすく、利用できる人間は山ほどいる。市場はそうした思惑の接点から生まれる。そのすべてを「自分流」でコントロールしようと考える事自体が傲慢だし、またその身構え自体が滑稽だ。

自分から気易さを押し売りに行く必要はないが、たまたま袖の摺りあった人間に、いちいち猜疑心丸出しで接して、隙きあらば噛み付こうとするような険しい了見で接する必要は全然ない。

タダ働き結構。望まれれば、できること、できないことを切り分けて、できることをやる。成果があがれば次に進み、相手の労苦を察することが出来ない人ならば、さっさと歩み去る。それでいい。そこに自分の心労や呪詛を書き連ねる手間まで加えるのは、泥棒に追い銭ではないか。

タダ働きでストレスがたまるとしたら、臥薪嘗胆が身についていない証拠。他人はそこまで自分に親切ではないし、また君は王子様ではないということだ。生じた損害が度を越して大きいなら、関わらずに歩み去れば済む話。オメラスから引っ越す人間が、それまでの被害を戀々と書き連ねたり、逆にこの先かつての隣人が吐くであろう意地悪を気に病んでうじうじしていてどうする。

足抜きをする時は迅速かつ、徹底的に遠くへ、が原則だ。

陋巷に生まれて朽ちていく身なら、他人のノイズをいちいち制御しようとするのは無駄だとそろそろ気づいた方がいい。
瑣末事にいちいち足を止めることはない。大事なのは、足を止めず自分本来の歩幅で前に進むことだ。


すなわち「俺のために作られたのではない他人の街」で暮らす腹をもういちどしっかり身に刻む一年にしよう、ということ。

老いていく身に吹く風は、これからどんどん冷えていく一方なのだから。議論や陣取り、そしてメンタルケアの為の愚痴吐きにいちいち時間を使っている暇はないのだ。

5 1月

この時代の「公共」は、もう「政治」ではないということ

「イデオロギー」とは何か。
煎じ詰めれば、「イデア」で他者を「オルグ」して、右であれ左であれ「個人を群体のなかに取り込んで動かそうとする」暴力装置に他ならないと僕は考えている。

演説好き・説教好きのおじさんイデオローグが嫌われるのは、その抑圧構造を理解しないで押し付けようとするからだと思う。

この時代のコンセンサスが、どんな卑小な思想、どんな醜い欲望であれ、個人を出発点にして、個人で完結するものとして成り立ち、「公共領域」はイデオロギーに汚染されない完全中間領域であることを認めた、個による、個のための、個の時代であることを認識できていないからだ。その変化を意図的にスルーしているのか、あるいは「都合の悪い真実」は頭に入らないフィルターでもついているのか、彼らは相も変わらず、「政治」(=党派性)を武器に、中間領域を認めず、「オルグ」に精を出す。

「現実派」として「世界を正す」ためには、数の論理が絶対であると信じているのは、右も左も同じである。とにかく「仲間」を募り、多数決で勝負を決してしまおうと、「組織化」にリソースをつぎ込む。

要するに世界を陣取り合戦の盤面と考えて、そのコマに他人を取り込もうとするのが「正義」と信じてやまないわけだ。

しかし、それは本来個の権利と自由とは反するものだとは思わないだろうか。
「イデオロギー」を束ねることは、どんなやり方をしても、結局「小異を捨てて大同につく」ことに徹する方法論でしかない。要するに、「大義のために個々人の事情は放り出せ」と迫るやりかたなのだ。個々人がでたらめ勝手に望みを抱き、好きなことをする自由を押さえ込むのは、どんな正義を看板に据えていてもファシズムでしかない。

本来、社会とは「バラバラ」の人間が「好き勝手」をした結果、アブストラクトアートのように浮かび上がってきた「結論」であろうと考える。無論、暴力や殺人などの「個人の権利」の枠を超えた逸脱を定義した段階で、一定の足枷は生じるが、それは左右の思想の如何にかかわらず公約数的に、「最低限の取り決め」として不可侵条約が結べるはずだ。

その歩留まりを「公共」のベースと考え、それ以上に他人のやり方には干渉しない。


当たり前といえば当たり前の考えが、ようやく一般感覚化しつつあるのかなと思う。

旧来のイデオローグが遠ざけられるのは、“若い連中”が「天下国家」を考えないからではない。ーーその暴力的な占有願望が、右であれ左であれ、21世紀ネイティブの世代には単なる誇大妄想にしか映らないからだと思う。

そう。もう時代は「政治」の時代ではないのだ。

共感や共闘は成立しても、それはユニット単位、アーティクル単位で、組まれ、そして役割を終えればさっさと解体され、再び個人は個人に戻る。特定の党派の「色の付いた」人間は存在せず、各論で離合集散する、より即時的な多数決が、たゆとう波のように現れては消え、寄せては返すのが、この時代のスタンスなのである。

それは従来的な意味での「政治」とは違う。

公共の場をあくまでニュートラルゾーンとしてのパレットと認識する距離感であり、「利便」に徹した方法論だ。

「ひとつの問題」が片付けば、そこに長居はしない。またパーソナル空間に戻って、己の営為に専念する。

他者との軋轢や、社会共通の課題が生じた時には、他人任せにせず自分の主張や立場を明示するが、「共闘」は問題単位で切り分け、束ねて党派の問題として持ち続けない。

そこには正義も悪もない。衝突しないための「交通整理」でしかないのだ。

エゴが公共と衝突することはあっても、それはある命題に関しての「公共規範」との相対的な立ち位置の偏差でしかなく、絶対性はない。多重のレイヤーで、各論にポジションを持った個人が、その複雑な重ね合わせでポジションを取り、時々刻々と変化する社会に対応しているのが現代なのだと思う。

ビッグデータとして、人心の瞬間の「旗色」は認知できても、そのデータが永続的に統計の真実を告げることはない。

そういう時代に生きていることを、潔く認めようとしない「昭和おじさん」は常に定点を求めたがり、その傲慢さと無神経故に邪魔者扱いされてしまうのだ。

「政党政治」とは結局、数を束ね、多数の委任票を背景に、国家の舵取りに一つの共通性・一貫性を維持していこうという発想だ。だが人の移ろいやすい気持ちや、様々な有り様を許容する「多様性」はそれでは守れない。

常に「最大公約数」の鎌で「小異」を切り捨て、ブレを削っていくのに汲々とすることになる。
そのために「切り捨てられる」悲鳴の問題をどこまで勘案するかとなると、問題解決は「場当たり」になり、一貫性を欠く危険が大きくなる。

だが、それでいいのではないのかとも思う。
いちいち一億を超える国民の総意を各論で確認していたら、国家運営のスピードが落ちるーーというのがこれまでの思想だったと思うが、その時間的ギャップ、そして総意の反映自体を測るシステムがなかっただけのことだ。代議制はそのために存在したが、いまやITは大衆の総意を瞬時にまとめ上げ、形にすることを可能にしている。

無論そこからテーマを抽出し、ある程度の解決方法を見定める「スペシャリスト」は必要だと思うので、「政策考案者」としての「行政」と「立法」のプロは必要だろう。ただ彼らがリソースの大部分を費やしてきた「総意の取りまとめ」(早い話が「票集め」と「党内外の政治」)は、もうしなくていいのではないかと思う。

これからの政治家と官僚は、ビッグデータ的に抽出された「バラバラ」な国民の「総意」に沿って、それを具体化する仕事に邁進すればいい。

事実、「党派性」に沿おうとしない、21世紀の日本人たちはそれを望んでいると思うのだ。

だから、もう「我々」を主語に、思想信条を数に束ねる作業はパスしていい。(無論、合理性を説く、政策プレゼンテーションはすればいいが、それは常に各論をベースにした是々非々で進むのが最低限のルールとなるはずだ。)

平成を経て次の元号に時代が推移していく中で、「我々の時代」は確実に終わりつつある。

残りの余生を「俺の時代」として生きる覚悟を固め、その有り様に対応しない限り、もう昭和生まれの「我々」に居場所はない。

この代名詞を使うことも諦めて、「私」と時代のクリッピングポイントを探すーー水に逆らわない魚の生き様を身に着けねばなるまいと思う。またそのほうが遥かに自由だとも思うのだ。

30 12月

切実さの欠如ーー電撃座撤退反省記

余裕をこいて散漫に持て余していた店を、経営難で放り出さざるを得なくなった。
本年末で、昨年の7月から落語専用に切り替えて運営していた一号店(旧「Biri Biri酒場」→「Cafe Live Wire」)「マイクロシアター電撃座』を閉店することにしたのだ。

今回はその失敗の顛末と反省の弁を述べて、自らの公開懺悔を行っておこうと思う。

「散漫にやっていた」と書いたが、コンセプトチェンジ後も事業をサボったつもりはない。それなりに時間を費やし、エネルギーを注いで、プロセス全体も楽しんだつもりだが、やはり全身全霊を傾けていたとは言い難かった。そのわずかだが、心の浮いてしまった間隙がどこに生じたかを、ここでは具体化してみようと思う。

落語興行は、そもそもが他人のサジェスチョンで始めてしまった請負仕事だった。僕は関西の出なので、江戸前の落語には疎い。漠然と話芸としてのリスペクトはあっても、プロデュースができるような知識も見識もない。

ただ、世話人として噺家にコンタクトしたり、番組編成を引き受けてくれる人が居たので、トークイベントの合間合間に興行を組む形で、2014年に二毛作体勢が始まった。二年ばかりその状態が続き、徐々に本数の増えてきた落語興行を、
去年夏の二号店の出店を期に、一号店に集約してみようと考えたのだ。

ただ、もう一歩深く足を踏み入れてみると、
(どこの世界もそうだが)軒先を貸していただけの時代には判らなかった、さまざまな面倒が浮かび上がってきた。

当初は、漫然と落語専門店をやるのではなく、ど真ん中にトーナメントスタイルの二ツ目さん興行を連続で開催していく「R-2グランプリ」(RAKUGOの「R」、二ツ目の「2」)という企画を据え、決勝トーナメントはオオバコを借りて開催、ネットやテレビも巻き込んだ王者決定戦をやろうと考えた。日々の興行はその伏線として対戦形式の落語会を多数運営して、コンセプトの普及をまずやっていくという方針で進めていた。要するに前職であった格闘技界の前例にしたがって、K-1 GP開催前に単体興行の年間シリーズのなかで勝ち負けの序列を作り、その一発逆転装置として一年の締めくくりにGPシリーズ三回、16人エントリーの勝ち抜き興行をドーム開催、年間王者決定という形式を踏襲しようと考えたのだ。

だが、結論からいうと、そういう「力比べ」「腕試し」モノは落語界では嫌われる傾向が高いのが判ってきた。

そもそもが技量と人気が必ずしも対称関係にないのが表現の世界というもの。
特に伝統芸の世界の秩序は、それを可視化しないことで安定を保っているようなところがある。

トーナメント形式で勝ち負けを決めていっても、それは絶対評価軸にならない。
なにしろ勝ち負けを決める度量衡がないからだ。全試合が「判定」でしかきまらない。仮に「識者」の技術点のみによる切り分けでも、数値化出来ないものが多く含まれいるし、そもそも「笑い」や「艶」など数値化できるわけもない。結局曖昧な部分が多く、人気投票に終わってしまう。

人気投票は人気投票でいいではないかと居直ったところで、「勝敗」で「価値」を可視化されてしまうのは噺家当人で、その痛み(と栄光)を引き受ける覚悟を持ってくれと強要することは出来ない。

実際相模原の二ツ目勝ち抜き戦やNHK新人賞のような例外はあるのだが、我々のような新興のハコがいきなり企画をぶち上げても乗ってくれる噺家さんが居ない。そこを乗り越えるのには、まずプロモーターと演者の信頼関係醸成しかないと、野心を隠して日々粛々と単体興行を積み重ねて、噺家さんとの関係強化を進めていこうというのが序盤の発想だった。

しかし、一朝一夕に信頼関係など成立するものではない。また会を重ねていくにしたがって、会場のスペックに不満を漏らしたり、集客がうまくいかないことで軋轢も生じてくる。信頼関係を積み重ねるどころか、不審不満を積んでしまうことも多かった。

また野心的な企画を仕掛けても、結局演者さんの顔色を見て、引っ込めてしまったり、弛めてしまった事も多かった。演者のプライドや業界の慣行を優先せざるを得ない事態が続き、落語という世界にはなかなか独自性を持ち込む余地がないことが判明してくる。結局、トーナメントはおろか、企画自体もどんどん穏当なものが増え、他所の会場との差別化も出来ず、腫れ物に触るように、客と出演者の両方に気を使うばかりで、自分のやりたい領域にハンドルを切ることはできないまま一年間を穏当に穏当にと過ごすことになった。

実際、あの会場の作りは、アバンギャルドなトークイベントだから面白がってもらえるギャップに満ちており、靴を脱いでスリッパで上がることや、背景に大型モニターや本が居並ぶ会場の作りも、保守的な演者には嫌われた。もちろん楽しんでやってくれる、野心的な噺家さんも多々いらっしゃったが、不協和音の方が響きやすいもの。その響きにいちいち動じては、蓋をして回るいたちごっこが続くようになり、次第に心身共に疲労感だけが募る毎日となった。

まあそれでも「お役に立てることがあるならよろしかろう」とボランティア気分とでも言おうか、何処か他人事で、会場の運営は続いたのだが、
フワフワした曖昧な領域を抱えたままの運営は、浮上する要素を作り出すことが出来ないまま進んでいった。やりたいことの軸が定まらない他人任せとルーティンに堕してしまったので、事業全体に対するグリップが甘くなっていたように思う。

何があろうとこのビジネスは、ショウ・マスト・ゴー・オンが原則ではあるのだが、毎月の家賃も決して安くはない。出ていくモノの分は稼げなばならず、落語の穴をトークの稼ぎで埋める不毛な日々が続く。マネーピットと化した一号店の方は、日々積み重なる不協和音封じでエネルギーを削がれ、新店との二刀流も時間を食うばかり。貧すれば鈍すで、アイディアも気力も枯渇していく。一年の後半戦は、惰性というよりもう義務感だけで維持していた感があり、正直店を開けるのも苦痛だった。

途中体を壊して倒れたり、アクシデントの類も多かったが、運のせいにすると神の存在を認めねばならず、宗旨にあわない。あくまで考えと脇が甘かったからだと考えたい。

なにより、不測事が起きたとしても、他に代えがたい存在ならもっと必死に抵抗したはずだと思う。

破綻していく諸々を見ながら、崩壊を押しとどめようとする手があまり動かなかった。ぼんやりと崩れていくあれこれの経過を見ながら、「ああ、やっぱりな。こう言うものか」と抗う気力も薄く、ぼんやりと立ち尽くす時間のほうが長かったように思う。やはり、気が入っていなかったのだとおもう。

ことにおいて、密度高く、仕事量をこなしていれば真剣と言うわけではない。
何より大事なのは、切実さだ。

退店用に荷物を片付けて、店の鍵を業者に戻した今、疲労感だけが募る。

しかし、身を切るような痛みはやはり感じていない。

悔しい気持ちはあるが、痛くない。むしろ失って当然と感じる理性の声と、平穏を取り戻した安緒のほうが強い気がする。コンテンツをきちんと自分で仕切ったという当事者感が薄く、終始他人のお手伝い/お膳立て屋でしか無かったからだろうか。

皮一枚の切実さの不足。
それがこの顛末を呼んだのだと思う。

これまでもとかく物好きで、儲からない仕事、実りの薄い稼業にばかり手を出すなと自分でも思ってきた。ヒトに事さらにその意義を問いて回ることはしなかったが、その一個一個にはそれなりの必然があり、成果もあったように思う。

少なくとも今回のように、「俺がやっててもいいのかな」という妙な居心地の悪さを感じていた案件はなかった。

ただ全てが終わった今、物理的・金銭的損失は結構大きかった。
今後は「切実さを感じない」案件に時間を費やすのはやめようと思う。

この空疎感を味わうのはもう二度とゴメンだ。
その一点に関してのみ、非常にリアルな痛みを感じている。

落語興行自体はHigh Voltage Cafeでも引き継いで運営するが、専業の前のめりはもうできないと思う。
あくまで平日の興行として、今まで繋いだご縁の延長線上で、できる範囲のことを粛々とやっていくようにしたい。やはり自分のよく知らないことに、何の伏線もなく手を出すのは僭越だったなと反省しきりである。
18 12月

スター・ウォーズはまだ見ない

一個目の店を畳む準備で夜中までクソ忙しい。

塒も郊外に移さねばならず、同時進行で2つ引っ越しを抱えた状態。年末までみっちり続くイベントをこなしつつの死のロード。私生活でもトラブル勃発の上に、来年に向けて2つ大きめのミッションの仕込みも平行しており、盆暮れ正月に山崩れと津波とゴジラが集合した勢いだが、こればかりは逃げるわけにもいかず。当分寝食削って歯を食いしばるしかない。

体調が良いときならまだしも、ヤブ医者様の血液垂れ流し治療の後遺症で、まだ階段の昇り降りに動悸が気になる。絶賛半病人状態だ。時折、朝礼でぶっ倒れる手弱女の如き立ちくらみに襲われるのも辛い。頑丈しか取り柄のなかった人間なので、メンタルの挫折感が思いの外キツイのである。

加えてこのところの殺人的寒波で腰も不安。あちこちボロボロで、もう一回倒れたら多分ゲーム終了。正直、薄氷の綱渡り。今日も一個とんでもない大失敗をしでかした。いつも散漫なので、傍目に違いはわからないと思うが、注意力が(いつもに増して)落ちているようだ。気をつけねば。

おまけに弱り目に祟り目で、店常駐にしていたMac Bookも一台ご臨終(アーメン)。

さすがにこのままでは挫けそうなので、この山を無事超えたら、万博IMAXでSW8鑑賞するのだ、と人参をぶら下げてみる。ーー堺さんを筆頭にアーリーアダプタの方々の大絶賛がすばらしい餌になる。とりあえずルークの老後を観とどけるまでくたばれないぞ(かといってボリス・ヴィアン死もゴメンだがww)と己に言い聞かせて、夜なべに励む。

8 12月

紅葉

 宿で20坪ちょいの我が店の家賃ーーそのひと月分が幾らになるかは、まあ想像してみてくださいな。たかだか一週間弱、五泊六日の旅でその半額ほどをボッタクられて参りました。

 風呂なし、飯抜き、茶の一杯も出ない四人相部屋の蛸壺ーー夜中には老人の「誰か来て〜〜」との息も絶え絶えな絶叫や、喘鳴だのイビキだのが一晩中響き渡る結構なお宿で。

 スーパームーンも見ず。

 羽生の竜王奪還も知らず。

 日馬富士騒動の顛末もまたナニも聞くことなく。

 静かに、ただ寝て起きて。

 飯も食わず、水すら飲まず。

 息も絶え絶えに血まみれのワインみたいな水ウンコをしては、ストイックな装いのお姉さま方のお目汚しに捧げるスカトロプレイと、失神して肛門にCCDカメラをぶっこまれるレイプに翻弄されて。

 これってSM拉致監禁モノの撮影すか? 的な減らず口を叩く気力など、もうどこにも残っていないヘタバリようでしてね。

 ええ。病院です。

 何もかもを削ぎ落としたソリッドなオトコの世界でしたよ。

 何をしでかしたかって?

 臨時の主治医になった、いかにも軽薄そうな初老の内科医が、見た目ほど大げさな話を盛る性分でないのだとしたらーー俺は結構なバンジージャンプを経験したそうですよ。

 三途の川の渡しのちょい手前、管理人小屋のインターホンをピンポンダッシュして、またびよーんとゴムに引っ張られて帰ってきたぐらいの。

 いわゆる下血というやつ。

 前の天皇さまがガンでその状態になって、テレビが毎日「ゲケツ」の連呼をしてたのを覚えているのも、もう40以降の人間だけかもしれませんが。

 そのナニです。

 金曜の午後が初お目見え。

 店を開ける前後、便に赤いものが混じったのを見て、俺もやっと痔の洗礼を浴びるようになったか的な、呑気な思いしか浮かばず放置ーーは、しないでコックを捻って、手を洗って。

 その間、腹も肛門も特に痛むでなし。

 落語会とその後の宴会、粛々と仕事をこなしている間に、病変は腹の中で進行していたとか。

 次に血を見たのは、店の片付けを終えた午前の三時すぎ。

 またその日は最後の宴会が長っ尻でなかなか終わらず、正直フラついてたのは自分でも記憶にあるのだけど、それは客を恨む話ではなく。明日も同じく落語会の予定があり、真っ赤になった便器を見て動揺する余裕もなく。ただただ疲労感にまけて寝床へ倒れ込み。

 その疲労感も、仕事の無理が祟りやがったとしか思ってなかったですよ。

 全然血まみれのトイレットペーパーとダルさが繋がるなんて発想なかったもんで。土曜だから、また睡眠時間削るハメになるけど、午前に起きれば医者は開いてるよなと、自分の身を削る発想しか出てこない。

 11時半に目が覚めて流石にヤバいなと。

 

 うちの店の目の前に土曜12時まで開けてると看板に書いてる内科があるんですが、ここが実はヤブで有名。藪にゃ行きたくねえなと思う深層心理も働いて、受付11時半までという但し書きを読んでなかったのは俺が悪い。

 

 ただこのヤブ医者、腕だけじゃなく性根も悪い。

 11時35分にはシャッターまで降ろして、土曜に病人なんか見てられるかとアピールしやがる。

 この対応を見て、流石にちょっと自分の置かれた立場のヤバさに気が付きましたね。ことによると、東京じゅうの医者がこの調子かもよと。

 家出る直前のトイレはさらに赤が濃くなってたこともあり。泡くって、前に指を切って夜中に駆け込んだことのある、大久保の救急病院へ行く覚悟を固めました。ええ、ざっと三キロ。徒歩で15分。でもまあ時間の心配はまずない。

 まだ病識がないもんで、それでも意外に呑気です。

 道中、蕎麦でも食ってから行くか的な遊山気分で。

 ええ、食ってたらまたも一つエラいことになってたと思いますが。

 たどり着いたときにはさすがにちょっとおかしいなと。

 俺様いくら老けたとは言え、この疲労感はなかろうよと。

 息は切れるわ、目眩はするわ。

 ブッたおれそうになりながら、受付のネーチャンの目の間の開き具合が気になったりして余裕があったんで、それでもまだ死ぬ気は皆無とみえますがね。実はここがバンジーのどん底。

 一昼夜でオイラ2リッター血を失ってたそうですよ。

 成人男子なら普通体重x0.8で血液量を計算するそうで、その伝でいくなら、大体総量の三分の一がダダ漏れ状態。

 よく普通に立ちっぱの店舗営業やってやがったなという。

 ええ。一回仕事に入っちまうと、大方12時間ぐらいは座らないんで。

 バブルの生き残りってか成れの果てってか、整髪料でなでつけた白髪が全然年の功になってない白衣の爺さんが言うには、「顔色は悪いなあと思ったんだけど、そこで輸血する判断は、僕消化器専門じゃないんでつかなくてね」ですってよ。こいつ何年医者やってるか知らないけど、深夜の救急番のインターンみてえなことをいいやがって。

 叫んでいいですか?

「ヒ・ト・ゴ・ロ・シーーーーーー!!」

 まあそんなこんなで。後はずっと寝てました。

 CTくぐったり、まだこの期に及んで血を抜かれたり、夜中にボケ老人ばっかのお化け屋敷で肝試ししたりはありましたが。点滴刺しっぱでずっとなんか腕から水分と薬入れるほかは、生きてる死人みたいなもんで。ただただ寝て暮らして、その間落語イベント三本は全部人任せ。

 こう書いてくると、やっぱひどい話です。すいません>留守番押し付けた方々。

 でも俺ナチュラル半死人のうえに、死神にリベートもらってる医者に肩に手置かれてたもんでね。手も足も出ない。シッコは出たが、もう三日目辺りからは糞も血も出ない。ただの水の管ですからね。フリーの小便水道管、店に行っても何の役にも立たないんで。ホント下げる頭もないぐらいごめんなさいよ。

 とりあえずガンとかではなく、病原菌のなんたらが腹の中で悪さしてるでもなく。

 年食って大腸がヘタれてくると、憩室っちゅう凹みができるそうです。

 まあポリプの逆みたいな、それ自体はなんてことない洞窟風の凹みができて、そこになんか食ったものが引っかかったか、ストレスでキュッと縮んで、擦れたか引っ張られたかで切れて、そこから血がダダ流し。食い物や水の成れの果てが流れてくる間はそれでも大腸は仕事するんで、傷の癒える間がない。

 てんで、拉致監禁されて絶食地獄。まあ理にかなっちゃいるけど、人道的にどうよっていうタコ部屋ですわな。まあ同意書書いてるし、俺の意志に反してるわけじゃないけど。なんか腑に落ちないのは事実。

 さて、寝てる間ナニを考えたか。

 夢とごっちゃになって、なんだかよくわかんないんで書くこともないんですが。

 ただ病院から開放されて、身代金で年越せるか心配になるほどカッぱがれて。その足でなんでか近所の公園に行ったですよ。

 ビルに囲まれたエジプトの王様の墓場みたいなあの公園じゃなくて、近所のせこい砂場とブランコしかないような、言い訳程度のうっすい公園にね。

 そこに一本きりの痩せた紅葉。

 日差しが良くて、まだ赤にも茶にも染まりきってない、へたすりゃまだ若葉まで混じるだんだらのグラデーションが、見事に照り映えましてね。そりゃあ色の大氾濫。萠葱から枯茶まで。若造からボケ老人まで。プランクトンからサル、エテ公が木を降りて、海でケツを守って、二足で歩き出して、石で寝床を囲って、カビみたいに星の表面をびっしり埋め尽くすまで。櫨染、梅紫、小豆、樺、猩々緋、臙脂、赤銅、海老茶、蘇芳、茜が入り乱れてーー一瞬、目眩がぶり返したのかと。

 すべて美しく、鮮やかで、もどかしくて、涙ぐましく、腹立たしくて。

 なんもかんもが統一感なく、突拍子もない思いがぐるぐる巡って、どうにも落ち着かなくなって。あれは、ものの感じ方のダイナミックレンジが狭まったのか、壊れたのか。いちいちの感覚が左右に振り切った感じで、飯なんかもう一週間近く食っちゃいないのに、胃が誰かに握られたみたいになって、吐きそうになったりして。

 あまりの絢爛さに足が竦みました。

 んで思ったんですね。

 もいいや。おらあ、この先好きなことしかしねえ、と。


 ま、そういうわけです。

 今後色々なんか変なことになるかもしれませんが、ご容赦を。

 あの時泣きそうになるのを抑えるには、そう思うしかなかったんで。

19 11月

投げ銭と仮想通貨

Livewireの初期に、サイト内だけで使える独自通貨を開発し、動画無料配信と投げ銭を組み合わせた独自システムを運用出来ないか考えたことがあった。


色々小理屈を積み上げて、技術協力を仰いだ友人に無理を言ったりもしたのだけれど、なかなか意図した感じが上手く伝えられなかった。所詮プログラム知識のない人間のサービス設計は絵に描いた餅だったなと、未だに思い出すと苦い思いがこみ上げてくる。


ビットコインは当時まだ流布していなかったが、ローカルの環境や主催者の思惑など制約の多いサイト内通貨ではなく、ネットのどこでも使えるグローバルな仮想通貨でよかったのだ。パソ通世代だったため、ネットの野放図さについていけておらず、なんとかニフティのコージーなコミュニティ感覚をもう一度、みたいな余分なことを考えたのが足枷になったのだと思う。早い話が、ネットの広大な新天地に、わざわざ通行不便なニュータウンと、地域にしか通じない駅前商店街の金券を作ろうとしていたのだ。


実はさらに十五年ほど前にも、メーリングリストと掲示板を折衷したネット内パソ通プラン(プロジェクト名「メガフレンズ」)を、某シンクタンクに売り込んで予算をつけて貰ったことがある。当時まだ三十代前半だったが、既に頭が硬かったため、あれやこれやと余分なことを考えて、現実性を削いでいたなと思う。上手くやれば日本版フェイスブックとまでは言わないまでも、mixiよりも気の利いたSNSが作れたはずだったのだが、まだ頭がニフティの雛形に縛られていたのと、当時は有り得ないとされていた実名登録と、b to bでの使用を主張して、プロジェクトリーダーの不興を買い、船は山に乗り上げた。


おゝフィッツカラルド。


その弔い合戦のつもりもあって、性懲りも無く立ち上げようとしたのが、サイト内通貨で縛ったSNSコミュニティ、というわけだ(執念深い)。


メインの通貨自体は、非常に単純な仕掛けで、ショップカートや経由で、「プリペイド金券」をクレジットカードで買ってもらうだけの話。それをサイト用の財布に入れて使う→余れば何割か割引きで換金も可能(ようするに手数料を引いて払い戻し)、という仕掛け。


個人の人定はカードを使うことでクリアできるので、あとは購入記録との照合だけでいいという発想。


カード会社がサイトオリジナルのブランドカードを作らないかとやたら誘ってきていたので、その販促を兼ねて、会員データベースの管理をブラックボックスで丸投げしてやれと企んだのだ。(酷い話だ)


とはいえ、勝算はあって、コンテンツ評価と買い物両面で使えるうえ、匿名同士の会員が匿名のまま、ギフトにコインやショップで購入したリアルのギフト品を贈り合えるなど、プレゼントに使えるショップと言うのが当時のウリのひとつだった(カード登録情報に、住所が紐付けされているので、相手からのプレゼントの意志を受け入れたら、実住所を相手に知られることなく、受け取りができる。)ネットアイドルやネット愛人への貢物で商売が膨らむかもなあ、みたいな皮算用までしてほくそ笑んでいたのは、ナイショだが事実だ。我ながらなかなか腹黒い。


先にも書いたように、その使用先は自前のサイトに限られていて、SNSで発表される動画やテキストへの評価の投げ銭、そして通販、加えてサイト内メッセンジャーでの交流などに使う。早い話が、Facebookとアマゾンとyou-tubeと会員同士のメッセンジャーを統合して、共通ブラウザ的な仕掛けでひとつのサービスに統合したもの。そのプリペイドコインを軸に、日常必要なネットサービスをすべて一本化して、他のサイトに出て行かなくてもネットの概ねの機能「つながる」「調べる」「買う」ができるようにしようと考えていたのだ。


中には、ずっと店主が顔出しチャットで店番をしていて、来店者に商品売り込みをする、レンタル型のショップカートサービス「hinemos(ひねもす)」や、あらかじめ登録してある興味や話題が重なる人間同士が、検索でグループチャットへと移行する「ゆんたくサーチ」など、ちょっと変わったサービスを準備していたりもした。(前者のサービスはすでにメルカリなどで実現しているので、バラしてもいいかと思って書いたが、5年前には十分最新のアイディアだったのではないか……と、悔し紛れに自賛しておく。)


もちろん身の程をわきまえぬ規模の恐れ多い話。ワシらの資金力&技術、コンテンツ力では全く手の届かない、どえらい規模の構想が頭にあったのだが、まあ眼高手低・オトナの中二病的産品と謗られても仕方ない。


そういう気宇壮大なことを考えがちなドシロウトにありがちなことで、全くブロックチェーンの知識などなく、セキュリティへの配慮はお手盛り。(カードの与信を人物同定システムに使うことで、セキュリティをすべて担保できると過信ーー要するに“コイン偽造”の危険を超甘く見ていた)よくそんな乱暴なことをやろうとしたものだと、今になってびっくりする。


もう少し先まで仕様を詰めていくことができていたら、もしかしたら技術的要請としてその壁に行き当たることもあったのかもしれないが、我々の構想はあまりに稚拙で、そこまでも行き着かなかった。


結局、地に足がついていない茫洋で巨大なイメージばかり積み上げているあいだに、当時休職中で時間だけはたっぷりあった開発者も本業が忙しくなり、話は立ち消えになってしまった。


今思えば、「使う側の楽しさ」=イチビリを共有するお祭り感が欠け、ただビジネスになりそうと言う動機ばかりが先に立っていたから、「ここだけはどうしても」の軸が曖昧だったし、イメージを具体化できなかったのだなと思う。


優秀なアイディアは、もっと軸だけがしっかり太く、シュアで明快なもの。開発者が細部にわたって、先回りして気を回しすぎた商品は、結局つかい手にとっては不便なものになってしまうのだと思う。


枝葉は使用者が勝手に面白がって膨らますものなのだ。
風通しの良さ=便利さであって、余分な機能面の作り込みなど必要ない。
その単純な事実に思いが至らなかったのが、最大の敗因だった。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1711/13/news032.html

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